兵庫県立大学 川田美和
〇はじめに
2017年11月27日は、私にとって忘れることのできない1日となった。トムさんに、はるばる明石の地まで来て頂き、アンティシペーション・ダイアローグ(AD)セミナーを開催した記念すべき日である。 この年の8月、私は、AD/ODの研修ツアーでフィンランドを訪れ、トムさんのセミナーを受けた。この時のセミナーで、トムさんのお人柄や、人と人との関わりについての考え方に魅了されたこと、さらに、その後に体験したロールプレイでADへの関心が一気に高まったこと、また、このツアーで出会った、多くの魅力的な人達や明石の仲間達のサポートがあったこと等、様々な幸運と縁に恵まれ、実現したことだった。この日、私が体験したことをご報告させて頂きたい。
〇トムさんが本当に来てくれた!
当日は、気持の良い小春日和だった。前日からワクワクして気分が高まっていたが、一方でちょっとした懸念もあった。今回のお話を頂いたのは、DPIの片岡さんからだったが、その時は、「え?ほんとに?」「私の受けとりが間違っているのかな?」と思って、再確認したくらいだった。実際、仲間に話した時にも「どひゃー!」とか「マジ?」みたいな反応がたくさん返ってきたことを記憶している。そんな夢のような話だったので、前日になって、「本当に来てくれるのかな?」「トムさん、体調崩して、‘やっぱり、夢だったね’なんてことになるんじゃないかな」なんて急に心配になったのだ。
だからDPIの方達と共に、笑顔でトムさんがやってきてくれた時、私の中に湧き起こってきたは、喜びというよりも、「うわー、本当に来てくれたんだ!」という感動だった。同時に、デンマークから来てくれた片岡さんや、フィンランドでご一緒した村井さん、研修会でお世話になった白木さんと再会できたこと、DPIの飛騨さんと初めて会うことができたことは、本当に嬉しくて、皆さんのお顔を見た時に、『これで大丈夫だ』と緊張の糸も一気にほぐれてしまった。
〇当日のプログラム
当日のプログラムは、①トムさんの講義〔30分〕、②ADの実演(ファシリテーター:白木さん・村井さん,スーパーバイザー:トムさん)〔2時間半〕、計3時間を予定していたが、最終的には、3時間半を超えるセミナーとなった。参加者は、準備期間が短かったにも関わらず、当初予定していた50名を大幅に上回り、70名と大盛況だった。多くは、公共機関で働く行政職、あるいは、それに準ずる職種の皆さんであった。
〇トムさんの講義
トムさんは、講義の中で、人は本来、‘応答を引き出す力’や‘応答する力’をもっていることや、対話とは、他者に関心をもち、他者を理解しようとすること、つまり他者に対する無条件の尊重であること等について、丁寧に説明して下さった。
私が最も心に残っているのは「ショートカットしないこと」の大切さである。人は、他者と同じように物事を見たり、考えたりすることは不可能であるにもかかわらず、他者の思いを分かったつもりになりになったり、他者の考えていることを決めつけてしまったりしてしまうことがある。そのような他者を理解しようとしない行為は、他者への関心を失っているのも同然なのである。そこに対話は生まれない。トムさんは、エマニュエル・レヴィナスの言葉を引用しながら、他者を「もう一人のかけがえのない人物」と説明していたが、この話を聴いている間、私の心の中には、身近な人の顔が何人も浮かんできた。私自身は、私の大切な人達を、大切な人として尊重してきただろうか、関心をもち、理解しようとしてきただろうか、あの時、こういう風に対応した方が良かったのではないか等々、内的対話を繰り返していた。改めて、身近な人との関係を振り返る貴重な機会になった。さらにトムさんは、対話が最善の方法であるにもかかわらず、特に、人が心配事を抱えている時には、相手を自分と同じ見方や考え方にさせようとして、相手をコントロールしたい誘惑にかられる、と説明していた。
そう、そういう状況を助けてくれるのが、ADなのである。
〇ADの実演
今回は、行政職の皆さんに協力して頂き、ロールプレイではなく、生でADを実施することができた。‛worry’を出して下さったのは、現在、地域包括支援センター所属のAさん。Aさんは、来年4月に開設予定である、地域総合支援センターに配属される予定である。Aさんの’worry’は、地域総合支援センターでは、高齢者支援、障害者支援、子育て支援の窓口を一気に引き受けていかなければならないが、これまでは、高齢者支援を中心してきたため、うまく役割を果たせるか、ということであった。Aさんの‘worry’の解決を助ける協力者として、これから連携をとっていくことになる、障害者支援や子育て支援に関わるスタッフの方達6名が参加してくれた。
白木さん、村井さんのファシリテートのもと、皆で2019年の4月1日へ。そこで起こっていたことは、「市民の人達がサービスの内容を理解してくれている」「今日も早速相談があった」「顔の見える関係でお互い助け合っている」「こういう時には、誰につなげば良いか皆が理解できている」等々であった。そんな状態になるために、皆がしてきたことは、「素晴らしい部下に恵まれていて、部下達が助けくれた」「ここにいる皆に講義を依頼したが、それがどれも素晴らしい内容だった」「自分が提案してアセスメント会議を実施した」「相談を受けたら断らず、まずは受けとめて話をきいた」等。1人1人が素晴らしい協力関係を築くための努力をしていた。最後にAさんの順番がまわってきて、白木さんから、最後の質問である「以前の心配事はどうなりましたか?」が投げかけられた。Aさんは、とても明るい表情で「心配事はめちゃめちゃ減りました!!」と答えられた。その瞬間、会場全体から感嘆の声が洩れ、多くの方が笑顔で肯いていた。
白木さん、村井さんの素晴らしいファシリテート、そして、参加者の皆さん全員の力が合わさり、素晴らしいADとなった。ちなみに、私はトムさんの近くでADを見ていたが、トムさんは、通訳を通して、ものすごい集中力で、最後までADをみていらっしゃった。途中、一言二言、白木さんに助言をしていたが、それ以外はじっと耳を傾けていた。そんなトムさんの見守りが、ADの進行の助けになったことは間違いないだろう。
〇準備の段階から対話ははじまっている
ADの実演が終わった時点で、すでに当初の終了時刻をオーバーしていたが、トムさんの配慮により、きちんとシェアの時間、質問の時間がとられた。会場から出た質問の一つは、「今回、この会を開催するまでのプロセスを知りたい」というものであった。その時、トムさんは「準備の段階からすでに対話がはじまっている」とおっしゃっておられた。これまでのプロセスについて、私からも説明する時間をもらったが、話をしながら、改めて、多くの人が会の開催に関わっていること、多くの人が助け合ってきたこと、そして、そこには、多くの対話があったことを思い出した。改めて、ショートカットしなかったからこそ、実りある会になったのだと実感した。
〇おわりに
会が終わった後、一緒に勉強会をしている明石の仲間や、参加者の方達からは、「未来を語るとあんなに前向きな言葉が出てくるんだと感動した」「シンプルでありながら、鋭く踏み込む質問によって、豊かな語りが引き出された。そんな語りが重なる中で、次第に現実的な行動へと可能性が拓かれていく過程を目の当たりにして驚いた」「‘組織の統合’というとすごく難しいプロジェクトのようだけど、ファシリテーターの問いかけによって、考えのレベルから行動のレベルへと、具体的に想起して語られていく言葉は、『電話じゃなくて会って話をする』『あたたかく、受けとめる』『部下に感謝する』『奥さんに、手作り料理で労ってもらった』など、とっても人間らしい言葉だった。やっぱり、人は関係性の中で生きているし、どんな大きなプロジェクトも‘目の前の相手とどんな関係を築くか’から出発するんだな、とつくづく感じた」等々の感想をもらった。
今回、仲間の一人が語ってくれたように「会が開催できたこと自体が明石の希望」だと感じている。きっとこれから、さらに希望ある未来が拓けていくことだろう。トムさん、DPIの皆さん、参加者の皆さん1人1人に感謝の気持ちでいっぱいである。明石の仲間達とは、‘第2弾の開催が実現するためのADをやろう!’と話しているところである。