石橋佐枝子(姫路獨協大学 助教・看護師・保健師)
いま「オープンダイアローグ」(Open Dialogue)の効果がメンタルヘルス分野において注目されています。そしてこのオープンダイアローグ発祥の地フィンランドでは,教育・産業など幅広い領域の現場で「未来語りのダイアローグ」(Anticipation Dialogue)が活用されています。
この「未来語りのダイアローグ」は,多職種連携の行き詰まりや組織内コミュニケーション不全を打開するために,外部ファシリテーターが参加し当事者を取り巻く人々(支援者や家族など)が集まってダイアローグする方法です。
しかしそもそも連携や組織がうまくいってないと自分が懸念しているような状況で,相手にダイアローグを呼びかけるにはどのようにしたらよいのでしょうか。
私たちはみな,問題は早期に話し合った方が,後々こじれないことは経験的にわかっています。しかし,そもそも早期に話しあうことが困難だからこそ事態がこじれてしまう,そんな経験に誰しも身に覚えがあるのではないでしょうか。
支援者同士あるいは当事者のご家族とのやりとり,職場の上司や同僚らとのやりとりで,「いやだな」「ちょっと心配だな(取り越し苦労かもしれないが)」と思ったとき,相手にその場で伝えてしまうことで相手の気分を害してしまったり,さらなる火種となってしまうと考え,不安で黙ってしまう。そうこうしているうちに互いに不信感や恐れを抱き,対話どころか沈黙・拒絶し,相手との関係が余計にこじれ,さらに対話ができなくなってしまう…そんな苦い経験は誰しもあるかと思います。
このような状況は,往々にしてどこの組織,人の集まる場所,どのような人間関係においても見られるかと思います。実際にそうなったとき,どのようにしたらダイアローグを始められるのだろうか―,この疑問に応え,相手とダイアローグを始めるための第一歩を学ぶのが本研修『早期ダイアローグ』の目的です。
本研修講師であるユッカ・ハコラ(ロバニエミ市),オリ・ライホ(ヌルミヤルヴィ市)は公的機関の職員として地域支援に携わっており,これまで行ってきた未来語りのダイアローグの実践家としての知見を私たちに惜しみなく伝えてくれました。講師陣の過去の失敗をも含めた経験談から,ダイアローグが単なる理想論ではなく現実に即した方法であること,そのためダイアローグが相手や状況によっては適さない場合もあることなどを学ぶことができました。さらにグループワークでの演習により,明日から使えそうな具体的な方法を体験的に学ぶことができました。なかでも講師お二人の,対人援助職者として人をどこまでも信じようとする姿勢・思いには,これまでの自分の対人支援の在り方を振り返り,ハッと気づかされることの多い研修でした。
ダイアローグを学ぶなかで,「オープンダイアローグはフィンランドの一地方だからこそ成立した。日本では無理だ。」という意見を聞くこともあります。ユッカ講師はフィンランドの公務員として,ダイアローグによる支援を教育などの地域支援サービスに組み込む政策立案に携わっているそうです。ダイアローグをいかに公的支援サービスとして導入したのか,この詳細を残念ながら研修中には伺えなかったので,次の研修機会でぜひお聞きしたいところです。またオリ講師は日本の印象を「日本人は,(講師お二人が巡った関西の地で)どこへ行ってもむっちゃ話しかけてくる。フィンランド人と同じくシャイと聞いてたが,どこがやねん!(意訳)」と驚かれており,これだけ人懐っこい人々なら,ダイアローグを始める土壌はすでにできているのではないかと私たちを勇気づけてくれました。
3日間にわたる本研修で,さすがダイアローグ実践の達人として,関西の土地柄に合わせてボケ・ツッコミトークを繰り広げ,笑いのある素晴らしい講義をしてくださった講師お二人と通訳の見事な手腕に感謝いたします。