ネットワーク・ダイアローグ20周年記念セミナー 2022年9月15日・16日 ロバニエミ、フィンランド
この20周年記念セミナーには、DPI理事の片岡豊の他に、保育・教育分野でダイアローグ実践をされておられる高橋ゆう子さんと通訳の森下圭子さんが参加。ここに3名による報告記事を掲載いたします。
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「ADと対話的リーダーシップ」 DPI理事 片岡豊
去る9月15日・16日に「ネットワーク・ダイアローグ20周年記念セミナー」がフィンランドのロバニエミで開催されました。アンティシペーション・ダイアローグ(AD)開発者のトム・アーンキルさんからお誘いを受け、デンマークに住んでいる僕がDPIを代表して参加させてもらえることになりました。
ロバニエミはフィンランドの北極圏内にあるラップランド地域の中心都市です。ここには多くの日本人や中国人などのアジア人観光客がたくさん押し寄せてきます。その目的は主に童話人物の「サンタクロース」と幻想的なオーロラを見るためのようです。
そのロバニエミを僕が最初に訪れたのは今から6年前の2016年の秋でした。その目的はサンタさんでもオーロラでもなく、ADのコーディネーターとして活躍しておられるユッカ・アルハネンさんにお会いするためでした。
この地方都市ロバニエミにネットワークの対話支援であるADが導入されたのは、20年前の2002年でした。当時THL(フィンランド保健福祉研究所)の研究者だったトム・アーンキルさんたちによって、ADファシリテーター養成の講習会が行われました。ユッカさんは最初のADファシリテーターとして認定され、以降、行政、保健・福祉施設、教育機関、家族支援などいろいろな分野においてADを導入していくと同時に、講師としても多くのADファシリテーターの養成に携わってきました。ネットワークの対話支援というADの「社会的実験」を視察するために、これまでにDPIは視察研修を3度企画し、ADコーディネーターのユッカさんをはじめとした現地スタッフから多くのことを学ばさせてもらいました。
さて今回、この「ネットワークダイアローグ20周年記念セミナー」に参加するために、14日早朝に自宅を出て、コペンハーゲン・ヘルシンキ経由で夕方5時頃にロバニエミ到着。宿泊先の「ホテル・サンタクロース」にチェックインした後、一休みしてから、全国から集まってきているADコーディネーターの夕食会にご一緒させてもらうことになりました。
セミナー第1日目のプログラムは、朝8時からはじまり、夜の夕食会と深夜まで続く二次会までのハードスケジュール。参加者は、全国各地からのコーディネーターや新任のファシリテーターもいれて、総勢40名ほど。セミナー自体は、便利なことに宿泊ホテルの貸し会場を利用して行われました。
まずは主催者代表のユッカさんより開会のご挨拶があり、その後、トムさんと「熟練」コーディネーター6名が演壇にでて、過去20年の経緯、経験の振り返りを参加者と共有しました。
そしてサプライズとして、今回は参加できなかった現・前DPI理事4名が演壇のスクリーンに大きく写し出されて、ビデオ動画でご挨拶。大いに会が盛り上がりました。
その後、ランチを挟んで少人数グループに分かれて対話が行われ、初日の最後の催しとして、会場から歩いて10分ほどにある「アラルオカネンの家」にて、ロバニエミ市によるレセプションがありました。
セミナー2日目は、女性コメディアンによる一人演出の後、ユッカさんとへイッキさんによって「新しいダイアローグの仕方」が紹介され、参加者の数人が、内側と外側の2重グループとなって対話演習が行われました。
最後にセミナーの締めとして、トムさんの基調講演がありました。内容は、今年の5月にイタリアのシシリアで試みとして行われたダイアロジカル・スペースのワークショップについてです。対話の経験歴が異なった多職種の参加者を対象に、安心安全なダイアローグの場をつくることを体験的に学ぶというもので、多くの人に対話文化を紹介するにはとても有効な試みのようです。DPIとしても同じような企画を検討すべき内容かと思います。
さて、多くの対話と学びがあった2日間でしたが、印象に残った点について簡単に述べてみたいと思います。
まずは、危機における組織やネットワークのダイアローグについてです。
長年の経験をもった「熟練」ADコーディネーターの皆さんの共通した認識として、20年前にADが導入された背景には、フィンランドの公共財政が厳しい状態にあり、特に福祉などの支援部門は大きな課題を抱えていたことです。そして、そのようなクライシスな状況では、個人的な自己啓発ではなく、組織やネットワークの開発、改善が求められ、しかもクライアントを巻き込んだ共同作業としてADなどのネットワークによる対話支援に関心が向かれたという説明がありました。この危機に面した組織の状況は、ある意味では現在の日本の教育や福祉の状況に似た面があるように思われますが、同時にフィンランドにおいても、最近の動向に深く関係があるようだという印象をうけました。正確な情報は把握していませんが、フィンランドではここ数年、公共部門の合理化の一環として地方自治体の統廃合について議論されているようで、その動きは、既にAD制度が市自治体の政策に組み込まれている地域では大きな影響があるようです。例えばヘルシンキ北部地区では、10名のADファシリテーターが役職を失い、ADの取り組みが実質的に断たれてしまったと聞いています。この現在の「クライシス」にどう対応したら良いか、どのような組織・ネットワークの開発改善が必要とされているのか、今後の展開に興味が惹かれます。
次に、このプロセスで注目すべきは組織の上司やリーダーの役割です。
組織が直面している深刻な課題を上司やリーダーがしっかりと受け止め、その解決案を現場スタッフと共有するプロセスがとても重要だと思われます。ロバニエミにおいては、「ダイアローグの母」と呼ばれる上司が、ネットワークによる対話支援の意義を認め、その担当者としてユッカさんを信頼し全面的にバックアップされたとのことです。ADなどのネットワークによる対話支援という社会的実験を行うには、失敗のリスクと責任が伴います。勇気ある対話的なリーダーシップによってスタッフの自主性が尊重され、促進されることでネットワークによる対話支援が成功したのだと思われます。
同じようなプロセスは、オープンダイアローグ(OD)発祥地のケロプロダス病院でも見られました。そこでは元主任精神科医だった故ビアギッタ・アラカレさんの理解と見守りの元に、ヤーコ・セイクッラさんをはじめとした多くのスタッフによってODというオープンな精神治療システムが開発されたのでした。
このようなプロセスは、日本の企業や組織などでよく見られるように、優秀なリーダーが率先して事業開発や改善を行うやり方とは一線を引くと思われます。日本においては、リーダーが打ち出す先駆的なビジョンや卓越した先見・見解にもかかわらず、組織としては伝統的な縦割りの権力構造が再現される傾向が見られます。その理由は、組織の構造が、独走的になりやすいリーダーとその背中を単に追う追従型スタッフによって構成され、スタッフの自主性が育れにくいからだと憶測されます。
それでは、逆に、「無能」で「怠けもの」なリーダーの方が良い組織とスタッフを生み出すか、というと、もちろんそうではありません。北欧においては、リーダーは、職場環境作りと業務成果に責任があるとされています。つまり良い人間関係と働きやすい職場環境づくりの責任はリーダーにあり、その上で職場に課されている業務について成果を得ることが求められています。よいリーダーシップとは、各スタッフが職場における個々の課題に焦点を合わせ、自分の能力を生かして自主的に働くことができるよう促進します。そして各自の役割分担と分権を明確にして安心安全な枠組みを作ることが重要になります。組織が面する困難な課題について、リーダーは必ずしも回答を持ち合わせている訳ではありません。そのような時には、リーダーは「私は解決案を持っていません。」という謙虚でオープンな立場でスタッフの協力を求めることによって、スタッフと共に回答を見出していくという対話的な姿勢が、オープンで民主的な職場づくりに繋がるのだと思います。
今回のネットワークダイアローグ20周年記念セミナーに参加して学んだことは、危機に面した組織が、新しい試みを取り入れ、成功に導くためには、スタッフが動機と自信をもてるよう対話的なリーダーシップが重要な役割を果たしているということでした。
補記:
2日間の記念セミナーが終わり、トムさんと再びヘルシンキに戻ることになりました。そしてトムさんのご親切に甘えて、その晩はトムさん宅に泊まらさせていただきました。翌日はトムさんと奥様のタルヤさんと一緒に近所の森を1時間ほど散歩した後、近所に住んでおられるカイ・アルハネンさんも交えて、今後の共同活動について話し合いを持ちました。カイさんは、「ダイアローグ・アカデミー」の所長で、TimeOutダイアローグと呼ばれている対話を開発し、教育、文化、行政、企業など幅広い分野に活用できるダイアローグとして、国内の政府機関や一般企業のみならず、海外への紹介も積極的に行っています。いまや、AD・ODに続いて3番目のフィンランド式ダイアローグ実践として位置付けられるそうな勢いです。日本でもDPIが事務局となり、カイさんの著作「ダイアロジカル・スーパービジョン」の抄読と演習を行う自主勉強会が今年2月からオンラインで月1回定期的に開かれています。